竜田揚げブレーンバスター
顔が青ざめるほど冷たい空気が全身に吹きすさぶ帰り道。
三越通りと呼ばれるひっそりとした路地裏の飲み屋街。
赤提灯に誘われ大衆居酒屋の扉を開ける。
「いらっしゃい。」
小さな店内には先にサラリーマンが調子よく飲んでいる。
カウンターの中には、漢らしい大将とおばあさん、40代のお手伝いさん。
店内にはたくさんのプロレスラーのサイン。
名前は読めないけど団体名は読めた。
「えーと、生をひとつ。それからー、卵焼きとー、鳥皮を。」
「はいよ。どう?外寒い?」
「寒いですねー」
「こんな寒いとおしっこも凍っちゃうかもな。でもな、あれ実際には凍らないらしいんだよ」
意表を突かれた開幕おしっこトーク。
それから南極に実際に行った人のおしっこ話し、イッテQのイモトの南極でのトイレ事情、生ビール片手にそんな会話が進む。
「ごめんね、汚い話しで。」
それでいい、この雑味こそ普通の飲食店にはない味わいなのだから。
「はい、卵焼き」
カウンター端に置かれた小さなテレビではNHKのバラエティ番組が流れる。
「この人なんて言うの?」とお婆さんが私に尋ねる。
「あ、フィフィですね。エジプト出身の。」
「欧陽菲菲かい?」と店奥から大将の小ボケが提供される。
「違います、Love is over の人じゃないです。」
「よく知ってるねぇ」とお手伝いさん。
「えぇ、平成産まれ昭和育ちなんで」
僕は口上並みに、このフレーズをよく使う。
「あと、鶏の竜田揚げを」
「うちのは多いよ。」
「何にも食べてないんで大丈夫です。」
「そうかい。」
ゆっくりとビールを流し込みながら卵焼きをいただく。
すると、目の前に茶色いでっかい塊が置かれた。
「食べられるかなー?」
鶏もも5枚まるごと使った竜田揚げがでてきた。
いい感じの1人呑みが、途端に大食い選手権に変わった。
おれはこれを食べきれるのか。
自分に問いかける。
いや、おれもこの先人のプロレスラーたちに負けないくらい食ってやるんだ。
なぜか芽生えた闘争心。ガツンと闘魂注入し、かっ喰らう。
「うめぇ。」
揚げたての衣がガリっとすると、中には柔らかい鶏もものジューシーな旨味が広がる。
だが、それも1枚半過ぎれば何も感じなくなる。
フードファイターの如く、噛むリズムを整え小気味よいペースで口の中に入れていく。
目の前のテレビでは古舘伊知郎が司会を務めている。
脳内の古舘伊知郎が実況を始める。
「さぁ、伊達の貴公子イタリーさとう!居酒屋に来て本気モードで鶏ももを流し込んでいく!これも若気の至りでありましょうか!」
食べる。
噛む。
飲む。
食べる。
噛む。噛む。噛む。
その時だった。
「はい、あと鳥皮ね。」
15分前の自分を心底恨んだ。
無心で、とにかく頼んだ以上は食ってやるんだという使命感を燃やし食べ続けた。
「おーっと!ここで完食だ!会場のサラリーマンもイタリーを見て驚いている!何か言っているようだ!次はラーメンサラダだな!と無茶を要求しているようであります!」
それは丁重に御断りし、休む間も無く、というか休んだら動けないと思い、会計を済ませ店を出た。
目の前にそびえ立つ三越がこちらを見下ろしているように感じた。
あちらとは品に差がありすぎる。
足元を見て慎重に帰り道を歩いた。